~不思議さいえんす・高校生物講座~ 【細胞の発見と細胞説(2)】
□細胞の発見と細胞説(その2)
<続・ちょっとトリビアな解説>
さて話を戻すと、フックはコルクの切片の小箱の他に、昆虫の複眼の拡大図、
ノミの拡大図などを載せて顕微鏡観察の記録集「ミクログラフィア」を発行したが、
いずれも単に見世物的な興味に訴えるものであり、顕微鏡でなければ見えない
ものを見つけ出し、それで自然の探究に役立てるというわけではなかった。
それに対し、顕微鏡でなければ見ることができないものを発見し、顕微鏡による
生物研究の扉を開いたのは、オランダの織物商レーウェンフックである。
彼は、当時利用されていた、倍率が何10倍どまりで像もぼやける複式顕微鏡
ではなく、高倍率の単式顕微鏡を自作し、1674年から約半世紀に亘り、微生物
や精子など様々な生きた細胞の観察を行ない、英国王立協会への報告だけで
200通を超えて、こうした研究を、実業の傍ら、精力的に行なった。
ところで、レーウェンフックが発見した微生物と言えば、日本語で”ミジンコ”と
呼ばれる動物プランクトンは、実は「微塵子」をカタカナ表記したもので、文字通り
小さな生物(微生物)を表している。ちなみに英語では、water flea (水中の蚤)
と呼ばれる。ついでに、英語で slipper animalcule(スリッパ小動物)と呼ばれる
動物プランクトンの和名”ゾウリムシ”は、淡水生物学・湖沼生態学の創始者の
川村多実二京都帝大教授が翻訳の際に、英和辞典で「slipper」を調べたところ
「室内履き」と記されていて、当時(1930年頃)の日本の室内履きが草履によく
似ていたことから草履だと勘違いして、誤訳したことから生まれた。
閑話休題。次に、細胞観察で画期的な貢献をしたのは、イギリスの植物学者
ブラウンであった。レーウェンフックの研究からブラウンの研究までに約一世紀
半を要しているが、その話の前に、まずはブラウンの話をしてしまおう。
ブラウンは、専門のランの研究以外に科学史に残る2つの大きな業績をあげた。
一つは1827年の「ブラウン運動」の発見、もう一つは1831年の植物細胞の核の
発見である。
水の表面に植物の花粉を落とすと、花粉が激しく動くのを顕微鏡で見ることが
できるが、これは水の分子の運動によって花粉が跳ね飛ばされるためだ。軽い
金属の粉を落としても、同じ現象が見られる。
初めて花粉の動きを見たブラウンは、それを生命の働きではないかと思った。
しかし、慎重な彼は、軽い金属の粉でも試してみた。その結果、同様の観察を
得たので、誤った考えに囚われることを避けることができた。
この現象は、発見者にちなんで「ブラウン運動」と呼ばれ、その原理は1905年
にアインシュタインによって解明され、分子が熱のために運動していると考える
ようになるきっかけを与えた。
また、ブラウンは、植物のランの細胞を観察して細胞に核があることを発見した。
核と命名したのも彼である。彼の細胞の核の発見は、生物は全て細胞からできて
いるという細胞説が生まれるきっかけとなった。
□生物の観察と実験
生物学は、ひとつひとつの事実が観察や実験によって検証され、多くの人に
正しいと認められることによって積み重ねられてきた学問である。
そして、ブラウンの例にも見られるような、先入観に囚われない研究姿勢こそ
が科学的に意義のある業績をもたらし、そうしたものの集大成として生物学が
存在する。
そこで、生物学における観察や実験とは何かということについてみていこう。
なお、これからする話は、”生物学研究事始”のようなものであり、東京大学の
生物入試問題を解いていく上での前提でもあり、極めて重要な話である。
◆観察と実験
観察とは、我々の感覚により物事の性質や有様をありのままに見極める事
だが、我々の感覚の力には限度がある。だから、これを補うために色々な
器械が用いられる。
一方、実験とは、自然界にある事物に人工的に手を加えて変化させ、その
変化の原因を見極めて、その結果、どんな原因でどんな現象が起こるかを
知る事である。
例えば、ロウソクをともして、酸素の供給を断つと火が消えかかるけれども、
酸素を与えれば再び燃え始める。
このことから、火が燃えるためには酸素が必要であることがわかる。
酸素を供給したり取り除いたりする事が、人工的に手を加えたことであり、
これは、酸素を供給したり取り除いたりする事により起こる火の変化を見る
ために行なったものだから、実験である。
しかし、例えば、カエルの内臓を観察するために腹を切開する事は、
人工的に手を加えたことではあるのだが、これは内臓を見るために行なった
ものであり、切開により起こる内臓の変化を見るためで行なったものではない。
よって、これは実験ではない。
箱の中に何があるかを見るために、蓋を開けるのは実験ではないのだ。
しかし、箱の蓋を開けると中にある物がどうなるかを調べるために蓋を開ける
ならば、箱を開けることは実験なのである。
◆対照実験
実験は、2つの事柄の間の因果関係を知ることであり、3つ以上の因果関係を
同時に知ることはできない。
また実験では、一部分に変化を与えたために他の部分の性質や、部分と部分
の間のお互いの関係が変わってはならない。
したがって、実験を行なう際には、できるだけ色々な他の条件を一定にして、
1つの条件だけを変化させて考察する。
ところが、生物の実験では条件が非常に複雑なため、条件を一定にすることが
困難であるだけでなく、生物には調節作用という生物特有の働きがあるので、
体の一部分に変化を与えると、他の部分とか部分の性質とか相互の関係とか
が変わってしまう。
例えば、片一方の腎臓を取り去ると残った腎臓の働きが今までより盛んになり、
尿の量が全体として半分になるようなことはない。
これに対して、無生物の場合は、例えば、飛行機の片翼のガソリンタンクが
壊れたからといって、他のガソリンタンクの容積が自ら増すようなことはない。
そこで、生物の実験では、1つの条件を変化させて起こる結果から2つの事柄
の間の因果関係を簡単に結論することができない。
したがって、色々異なった条件が組み合わされた幾つかの対照となる実験を
行ない、それぞれの結果を比較検討して結論を導き出すようにする。
このような実験方法を対照実験といい、生物の実験では絶対にやらなければ
ならないことである。
対照実験は、[A.生物特有の性質(例えば調節作用)からくる実験上の欠点
を補う]だけでなく、[B.複雑な条件をなるべく一定にする]ためにも役立つ。
《Aの場合の例》
薬品の影響を調べるために、カエルに注射する場合、その結果が果たして、
薬品の影響だか、針を刺したための影響だか、薬品を溶かしている水の
影響だか分からない。
そこで、[①水に溶けた薬品を注射する実験]の他に、対照実験として、
[②皮膚に針だけを突き刺す実験],[③薬品を溶かす水だけを注射する実験]
を行ない、②と③で影響がなく、①だけに影響が現れて初めて薬品の影響だ
ということができる。
《Bの場合の例》
イネの成育と肥料の関係を調べようとする場合、2つの田に別々の肥料を
施して、その結果を比較するだけではダメである。
何故ならば、2つの田そのものの条件が複雑で両者を同じ条件にすることが
できないからである。
そのためには、肥料だけが異なり、それ以外は材料、大きさともに同一の鉢
を用い、土質や水質,量,温度,光その他でできるだけ同一の条件にした物
の間で比較する。